「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」。ここには主イエスの誇張と逆説のきいた痛烈なパンチ、神の強烈ユーモアがある。 針の穴を通るためには、らくだはのたうち回り、悲鳴をあげなければならない。そのように、金持ちはそのお金の獲得の仕方、使い方、お金により頼むその生き方において、もっとのたうち回り、悩み、苦痛を味わわなければならないと、主は言われるのだ。 それでは、金持ちは神の国に入れないのか。全財産を手放し、裸一貫にならないと救われないのか。「それでは誰が救われるのだろうか」という人々の問いに、主は答えられた。「人間にはできないことも、神にはできる」と。23節にある「悲しみながら立ち去った」金持ちの議員を主イエスがなお慈しんでおられたように、人間の力では全財産を手放すなどできない,人間の悲しいさがを主はご存じなのだ。 ルカ19章に「徴税人頭で金持ちのザアカイ」の話がある。彼は全財産を手放しえない自分をそのまま主イエスに差し出し、「財産の半分」を貧しい人々に施シ、誰かから何か騙しとっていたら、それを四倍にして返します]と言うにとどまった。彼は財産の半分を失った。しかし、イエス・キリストという最高の魂の伴侶を得たのだった。主イエスは「きょう、 救いがこの家に訪れた」言われた。金持ちが救われたのだった。 「人間にはできないことも、神にはできる」のだ。
 
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〜牧師からのメッセージ〜   深澤 馨 牧師 

<今週の聖書の言葉>

             

誰が救われるのか     ルカ1824~30
 


 





 
 
 

 



 
 
 
 
日本キリスト教団 谷村教会
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